安芸国のぼったらさま

江戸の世に安芸国を統べた武将の末裔とされる血脈のもとに3人の兄弟がいた

3人が元服を終えたのち父がこの3人を集めてこう言い放った

「わしもいずれ年老いてゆく身、世継ぎとして誰かを選ぶ気ではあるが、3人とも武芸に秀で、文学を尊ぶ者、甲乙つけ難いその素養にわしも誰を世継ぎにしていいのか全くわからなくなってしまった。本来なら長男に継ぐべきだとは思うが、実力拮抗した今のままではそのうち家督争いが起きよう

そこでわしは考えた、誰にも文句が出ないよう優劣をつけるため、今から10年3人とも散り散りになり一人で生き抜き、10年後に10年の中で出会った一番の宝を持ってきて見せよ。

生き抜くことができなければそれまで、生き抜ければ宝の良し悪しで優劣をつけるとする、3人とも文句はあるまいな?

元から家督争いに加わらないと言うものはここで申し出よ」

3人の兄弟は突然の父の提案に面食らってお互い顔を見合わせたが、3人ともこの提案をのみ、10年それぞれ生き抜くために家を出ることとなった


武芸に秀でた長男は身分を偽り、宮大工として生きることとした、元来陽気で豪快な長男は親方にも大工仲間にも好かれ、順風満帆な10年を過ごした

ある時長男は、ある神社の鳥居の修繕をしていると宮司から話しかけられた

「長男さんいつも急に呼んでしまって申し訳ない、嫌な顔せず修繕に来てくれてとても助かっているよ

お礼と言ってはなんだが、この海でとれた大きな真珠をあげよう、最近大きな貝から出てきたものなんだ、宝物庫にしまおうと思ったのだが、宝物庫の奥の方にしまっていても気がつくといつの間にか境内の片隅に落ちている?そしてなぜだかあんたがくると虹色に光出すんだ

これはあんたが持っていたほうがいいんじゃないかと思ってね」

長男はおどいたが、そこで父に言われたことを思い出し、これを宝として持って帰えれば父も喜ぶだろうと思い、いただくこととした


次男はというと文学に秀でていたため身分を偽り庄屋の丁稚奉公に入った

地道で真面目な仕事ぶりを認められ、金の管理を任された

金の管理といっても、金を借りて返さない武家に取り立てに行ったりと泥臭い仕事の多い毎日を送ることとなった

ある時、金の代わりに刀を差し出してきた侍がいた、これを持ち帰り庄屋の旦那にどうするかと聞くと

「ああそれならそれでいい、元々はたらきぶりがいいので持ち帰った金をやるからたまには遊んでこいと言おうと思っていたんだ、あんたがそれでいいならその刀をやるがどうかね?」

と聞かれたので、これは家に持ち帰る宝としてちょうどいい。名工が打ち据えた金100両はくだらない立派な一振りだ、これなら父も喜ぼうと考え、この刀を貰い受けることにした


末っ子はと言うと、なんでもできるが何も秀でていなかったため、人を助けて物や金をもらい、しばらく過ごしていると、頼めばなんでもやってくれる人がいると言う噂を聞きつけて寺の住職に声をかけられた。

なんでも檀家からあれが困るこれが困る助けてくれないかと相談がよくくるそうで、衣食住面倒見るから、相談に乗って困っている人を助けてくれないかと言うことなのだ。

何をしていいか特に考えのなかった末っ子は寺に厄介になることとした。

ある時集落で起きた火事が寺へと燃え移り、住職が取り残されてしまった。

末っ子はそれに気づくと井戸の水を被り住職を助けに燃え盛る寺に入って行った。

住職はと言うと、寺に納めてある大事な経典を火事から守ろうと目一杯抱えて逃げようとしている最中だった。

末っ子は運良く住職に出くわし、巻物を一緒に抱え燃え盛る境内から逃げようとしたが外に出るまであともう少しというところに燃え落ちた柱が倒れてきた、末っ子は住職の方に倒れてきた柱を自分の体で弾き飛ばし住職を支えて外に出た。

住職と経典は守られたが、末っ子の左腕から肩にかけて大きな火傷になり、治ったものの大きな火傷跡の皮膚が引き攣って前ほど動かせなくなってしまった。

それでも寺を再建しようと村人や大工と力を合わせ、寺を作り直した時には家を出て10年目の年だった。

時が満ちなんの宝も得られず家に帰ろうとすると、住職から声をかけられた

「こんな大したことも書いてない、もう覚えきってしまったし、燃えても同じ宗派の寺に書写させて貰えば良かったような経典のために、燃える寺に残っていたわしをあんたは見捨てなかった…命を救ってもらった礼がしたいのだが、わしには何も残っていない、だがせめて仏の加護があるようあの時守った書の一つを持っていってくれないか?」

と言われ、末っ子はこれでは父は喜ばないだろうが何もないよりはマシだろうと思い、素直にいただくこととした


時は満ち3人兄弟は10年ぶりに家に帰ってきた

城のものは3人の帰還を大いに喜んだが、末っ子の大きな火傷傷を見てギョッとした

3人は早速父の前に集められ、今まで何をやってきたかと、持ってきた宝について説明を求めた

「長男よこれはいかに?」

「これは宮大工をやっていてある時宮司から頂いた見事な真珠でございます。一度神社に奉納されたものではありますが、私の手にあるとなぜだか光り輝くことからあなたが持っていなさいと、宮司より承った物でございます」

「なるほど…では次男よ、これはいかに?」

「これは庄屋で働いていたところ偶然いただいた、関の国の名工が打ち据えた名刀であります。」

「これは素晴らしい、いい太刀じゃ、これなら金100両もくだるまい….ところで末っ子よ…この汚い書物はなんじゃ?」

「これは寺で厄介になっていたところあるとき火事に見舞われ、その時住職とともに助け出した経典にございます。

この傷もその時住職を助けようと倒れてきた柱を弾き飛ばした時の火傷傷にございます」

「そうであったか….あいわかった、しばらく家督について考えたい

久しぶりの我が家、ゆっくり体を休めるがいい、考えがまとまったらまた3人とも集めるとしよう」

3人兄弟は風呂に入り、飯を食い酒を飲み10年あった話に花を咲かせた

そこに父がやってきた

「考えがまとまった、これより誰に家督を継ぐか話そうと思う….

結論から言う、家督は末っ子に次ぐ!!」

「お待ちください父上!!私は兄上二人と違い、まともな職につけず、寺の厄介となり、大きな火傷を負い、宝と言えるものも持ち帰れませんでした。

その私になぜ家督をお譲りになろうと仰せになるのでしょう?訳をお聞かせ願いたい!!」

父はしばらく思案しゆっくりとその問いに答え始めた

「なぜと聞くか?

それはお前が宝のために左腕の自由という大きなものを失ったからじゃ。

お前が得たものはその経典という物だけではない、住職の命、村人からの厚い信頼、失ったものと引き換えに常人では得難いものを得たのじゃ

人の上に立つ時、時として失うことを覚悟しなければならない時がある。

それより大切なものを守るため、決断する勇気が必要じゃ

10年でお前は誰よりも大きな宝を得た、信頼というものが人として何よりも宝となることを経験した。失える勇気を持つお前にわしはお前に家督を譲りたい。それは才に恵まれたものでは得ることが難しいのじゃ。

末っ子よ、家督を継いでくれるか?

そして兄二人は弟を支えてくれるか?」

10年前と同じように3人とも面食らって顔を見合わせ….止まらぬ涙に顔を歪ませた。


やがて時が流れ父は天寿を全うした

兄は秀でた武芸と身につけた大工としての能力を遺憾無く発揮し、街づくり、兵の強化に大いに力を発揮した

次男は秀でた文学の才と庄屋として身につけた金銭感覚と農業、商業への知識を遺憾無く発揮し、安芸の国の財政は潤い、民が飢えに苦しむことはなかった

末っ子は家督を継ぎ、決して贅沢はせず、安芸国ではボロをきていたため皆から”ぼったらさまと呼ばれた”

彼は身分関係なく声をかけ、家来がくるとすぐに会いに行き快く酒か餅を振る舞い、城下に出かけては困った人を見つけおせっかいを焼き、彼を慕う人に溢れた安芸の国は大いに繁栄した